割れたガラス

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近所の子供がある日やってきて
「今日は胸がすっとした」
と言うから
「どうして?」
と尋ねたところ
「お母ちゃんが、お茶碗を割ったの」
と答えた。
この子供は以前に茶碗を壊した時、さんざん叱られた。
そのしかった本人が茶碗を壊したものだから、すーっとしたと言うのである。
ある夫人が話されたことである。
終戦後間もない頃、ガラスを1枚手に入れたので、窓枠の寸法に合わせて切ってもらうために、息子をガラス屋へ使いにやった。それも
「気をつけなさいよ。この頃はガラスもなかなか手に入らないんだからね。気をつけなさいよ」
と繰り返し注意をして送り出した。
ところが、しばらくして息子が帰ってきたが私の所へは来ないで父親の所へ行った。そして
「ガラスを割った」
と訴えている。
私は
「ちょっとお父さんが叱ってくれたらいい。お父さんがあんまり叱らないからあんな子になって」
と思って父親が叱るのを待っていたところが、父親は
「仕方がないわい。あー、それなら、この手紙を出してきてくれ」
と何事もなかったように次の用事を言いつけていた。
私はその後、反省したのであるが、子供が口返事をするのも、私が回りくどいからであり、子供が言うことを聞かないのも、私の常日頃の言葉に値打ちがないからだということがよくよくわかりました。それに、自分だけでなく父親までも仲間に入れて、叱らせようとするが、2人の親に叱られた子供はたまらないことでしょう。
がみがみ叱り付ける事は、良くないと、この頃になってはっきりわかってきました。と
言いたい事は言うが良い。しかし、その場限りで忘れることだ。
いつまでも根に持つ事は、人を傷つけ、自分を傷つける。

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