願いをたてよう

願いをたてよう

ある賞を受けるには、2年ぐらいは全てを売り喰いしてまで、それに打ち込むという。
成功は、この覚悟によってこそ生まれる。

テレビ番組「それは私です」に白寿会の会長という方が出た。白寿というのは99歳ということ。99歳まで生きる願いを持つ人なら、いく才の方でも入れる。
そして、その会則に
「会員は99歳まで生きる義務がある」
とうたっているが、なかなか面白い規則だと思う。まったく、私も99歳まで生きるのだと思うと愉快になるではないか。また99歳まで生きににゃあならんのだと思えば、酒を飲みすぎたり、体に毒になることを止め、自然のうちに、健康な生活をしようとすることになるのが妙である。
このように願いを起こすことが、まず第一だとみ仏さまは教えられている。

岡山県の近藤さんという方は9歳のときに目を患った。
「もう両眼とも時間の問題です。家に帰るまでには潰れるでしょう。手当ての必要もありません」
と言う医者の言葉に母親は
「それでも、人並みに目薬でも」
と訴えれば
「雨だれの水でもさしておきなさい」
とそっけない返事。事実、医者の言う通り、帰る道、目はすっかり見えなくなってしまった。しかし、母親の願いは切実だった。
「お前の目は必ず見えるようになる。仏様の力で必ず見えるようになる」
と”子供が盲になった”とは1口も言わなかった。

人目にかからぬ早朝、お大師堂に日参し、子供も耳覚えで般若心経を常に唱え、一心に祈った。そして35日目、チラッチラッと星のように光が差し込むようになり、その度数が繁くなり、ついに開眼したときには、※沢市が
「お初にお目にかかります」
と、お里に行った気持ちそっくりだったという。それから、お大師様におかげを受けた身として仏門に入ったのであるが、近藤さんが言われるのに
「その時、自分は必ず治るものと思い込んでいた」
とのことであるが、このことの中に、願いのたて方がよく、教えられているように思う。

願いを立てよう。それは不思議な働きを持つものである。周りの状況が自然に整ってくるのは、不思議なほどである。できないと言うのは、結局、本当の覚悟ができていないのではなかろうか。

※盲目の沢市と妻のお里が十一面観音の利益で助けられる浄瑠璃『壺阪霊験記』を参照ください。

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