花を咲かせる(悦意三昧)

花を咲かせる(悦意三昧)

花を咲かせる
ー美しい花を咲かせて 皆さんに楽しんで、見ていただくー

これは”栄える道”という日訓に掲げてある言葉ですが味わい尽くせぬものがあって、好きで好きでたまらない言葉の1つです。

「皆さんに楽しんでいただく」
と言う事は、人にとって、どんなに嬉しいことでしょうか。生きるという事は、元来、そういうことでありましょう。
生きるということは、私のようなものが、どうすれば世の中のお役にたつであろうかと考え、お役にたつことをさせていただくことだと思うのです。

生きるとは仕事をすること。仕事とは、自分を捨てることだとも思います。人が悩むのは、自分を捨てずに、自分の事ばかりを考えるからではないでしょうか。そういう時、悩みはいくら悩んでも解決できない。悩むことをやめて、人々のお役にたつ自分(それが、本当の自分でしょう)になる時、喜びが生まれて、悩みは自然に離れていく。

「人生は愛である」という。
愛とは相手を育てること、そしてやはり自分を捨てること。
限りなく愛すること。
限りなく愛するが故に、限りなく考えること。
そして、限りなく尽くし捧げること
そこに限りない喜びを覚えるーーー
この限りない4つの心を、菩薩の四無量心という。

「人生は芸術である」ともいう。
花を咲かせる喜びには格別なものがある。
老人が盆栽を育てるときには全く三昧に入っている。
盆栽と一体になっている。盆栽に自分を捧げ切っている。しかも盆栽作りにも奥がなくて、これでいいといえる時は来ない。そして作品こそが、自分の命の現れである。人は作品によってのみ自分を現すことができる。

しかも、花を咲かせることには、欲だとか損だとかいうものがない。そこにもこの言葉には深い知恵がある。商人の農家も事業化も、こんな気持ちでやっていただきたいものである。

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