うちとけて

うちとけて

徳島県の。婦人の話です。
この人は俗に言う「釣り合わない縁組」をしたわけです。
結婚なさった時は、物資不足の折だったので、そのうち何でも買えるようになれば、タンスなども揃えるということで、あまり道具も持っていかなかったわけですが、子供も二人目ができるようになった頃になって、姑さんから
「約束だから、タンスを里からもらってこい」
と言われたのでした。

今更貧しい里へは、そんな事は言えず、女中のような仕事ばかりさせられている自分は、小金さえも持ち合わせず、主人は遠く京都の学校に勤めているというありさまでどんな苦労も辛抱もする覚悟は持っていても、モノやカネだけは辛抱したからといってできるものではなく、ただ1人、お姑さんの無理を恨みながら、悩んでおりました。

その時ちょうど
「自分にとっては、相手の言うことが絶対に無理であるように思えることも、相手にとっては、少しも無理でなく、当たり前の事なのである。無理だとか、道理だとかということを自分で決めて、相手を非難する事は、考え直さねばならぬ。どこまでも、自分のしこりを止めて素直に相談するところにこそ道が開ける」
という説教を聞き合わせたのでした。

その婦人は
「そうだ、そうだ。タンスを持って来いと言うのも、考えてみると、お姑さんとしては当然ではないか。今更里へもいえぬと言うが、いえぬと言うのが間違いであったかもしれない。あらいざら、皆さんに相談しよう」
と言う気持ちになりきったとき、なんだか、肩の荷がおりたようにさえ思えたと言うことです。

それから「いいにくい」とか「姑の言うことが無理だ」とかいう気持ちがすっかりなくなり、主人にも、里の方へもありのままの自分の立場を申し上げたところ、タンスも整い、自分も便利になり、また、お姑さんに対しても、気に触らせずに、何でも思うことが、素直に入れるようになり、あらゆることが、すらすら行くようになったのでした。まもなく、お姑さんに信頼され、会計も任されるようになったと言うことです。

どんなに無理だと思っていることでも、恨み、しこり、腹立ちを止めて、へりくだった心で素直にやっていけば必ず道は開けると言うことに気づかされることであります。

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