宗教の力

宗教の力

私とのご縁によって、心が開けた方の話をいたしますと…

その方は、別府の方でありますが、継母にかかって悲しい思いをし、嫁に行けばいいのだと簡単に考えて17歳で嫁にいきました。ところが一町八反の田を作り、合い間には日傭に行くというありさまでしたが、まもなく主人が肥料に取り掛かったのが当たったのか数億の財を作りました。ところが、よくあることで、はっきりした妾が3人、その他女を手当たり次第という有様。しかも耐えられないのはその妾が子供を連れてもう入湯にくることでした。連れてくれば、給仕をさせられ、寝床を敷かされ、お芝居といえば弁当をこしらえさせられる。言葉で言うと、それだけですが実際、カミソリで主人の喉をついて自分も死のうと思ったり、部屋でのたうちまわったことも幾晩もありました。もう宗教に頼るほかはないと説教を聞いても、面白おかしい話ではますますいらだつばかりでした。

その時、私とご縁がありまして、私はその人の事は知らずに
「人間の生きる厳しさは、どうすることもできないものがある。その苦悩を恨み、逃れようとする事は、影から逃れようとして走るようなものである。受けねばならないだけは受けねばならない。本気に受ける心を起こすところに不思議な力が出る。どんなになっても、人は自然法爾に受けるだけの力が与えられている。それは自分で作るものではない。それは、地獄でも通れる力である。その力こそ、ありがたい生命の不可思議力である。」
という意味のお話をしたことでした。

それが動機となりまして、その奥さんは、えらく強くなりまして、脱税問題等で50,000,000円の心配がもとで主人が軽い中気になった時
「払えるだけ払おうではありませんか。もともと裸です。どうか早く良くなって下さい」
と言うと
「お母さんみたいになったなぁ。どうしてそんなに?」
と聞かれるので、信仰を得た話をしますと、主人も宗教の力を見直されたことでした。

こうした力が宗教にはあるのですなぁ。ここのところを通らしてもらえば、何宗だの彼の宗だのという事はなくなるのではないでしょうか。(某師談より)

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