祈り

祈り

ある小学校の校長先生が話されたことである。
日本の夫婦間では、お互いの名前の呼び方がまずい。
主人が奥さんの名を呼ぶのにーーー「クマ!」「トラ!」
と呼び捨てにし、ひどいのはーーー「オイ!」「オイ!」で通している。
民主主義の世の中になって、これは、どうもいけないーーー。
女性の立場も認めあって、良い家庭を作るのには、お互いがサンをつけて呼ぶのが良いのではなかろうかーーー
そう気づいたから、私も妻にーーー「ヒデさん」と呼んだら良いなぁと思ったもののーーー「おい、ヒデ」
と長年読んでいるのを急に「ヒデさん」と呼ぶのも、おもはゆくて言えない。
でも、どうかして、なおさなければと思って、お祈りをしていたのです。すると、まもなく孫ができたので、これはいい機会だと思い、それからはーーー「おばあさん」と呼び「おじいさん」と呼ばれて男女平等になりましたーーーと。

何でもないようなことの中に、考えさせられることがたくさんある。第一には、この校長先生には祈りがあるということである。
良い家庭を作りあげよう。良い自分になろうという祈りのある所には、必ず、良いものが生まれる。
この校長先生のお家は、きっとお幸せなご家庭であろうと思わされたのであります。
それとともに気づかされるのは、祈りの不思議な働きです。
できそうにないことが、思いもかけなかったことから、できるようになるということです。

私も最近、井戸へつるべを落として、なかなか取れないで困ったことがあり、ちょうどお昼前でしたが、手を合わせてお大師様にお祈りをし
「取れるまでは、お昼ご飯も食べません。今度こそ1度で取れます」
と、つるべがカギにかかって、持ち上がってくる光景を想い浮かべながらカギを下ろしたのでした。すると、前にも落ちていたのか、なんと1度に2つもかかってきたことでした。

多くの人が、自分はこのくらいのものであると、いい加減な暮らしをしているが、もっと大きい仕事ができることを改めて考えてみてはどうであろうか。

科学者がいろいろ発明したのも他ではない。他の人が思いもよらなかったことを、できるに違いないとやり始めたことから始まる。

祈りこそ、自分の宝、世界の宝を掘り出す原動力である。

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