労働者のケンカ

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ある村に橋ができておりました。その時、橋の工事に従事していた労働者と村の人とが喧嘩をしておりました。中に入ってそのわけを尋ねたところ、労働者が言うのには「この男が私に土方(どかた)と言って馬鹿にした」と言うが、村の人は「言わない」と言う。よくよく調べてみると村の人が「アンタどっちゃで(どちらの方ですか)」と尋ねたのを「土方」と聞き違えたのが原因でした。
このことを考えてみると、この労働者は、いつも自分の職業を気にしていたのでありましょう。
悪口を言うとよく聞こえると言うのも、絶えず気にしているからでありましょう。本当を言えば「土方で」と言われても何も怒る事は無いわけであります。仕事の尊さを知っているならば、何をしても決して卑屈な気持ちになるわけではありますまい。
「近頃何をしているのだい」「いや、どうもつまらんことを…」と言う問答がよく聞かれますが、何も自分のありのままを包み隠す必要はありますまい。
人に問われても恥ずかしくないだけの自信を、自分の仕事に見つけたいものであります。
人に問われても恥ずかしくないだけの自信を、自分の仕事に見つけたいものであります。
ありのままを包み隠さなくて良い人間を解脱者(ゲダツシャ)といいます。それは、自分の尊さ、自分の仕事の尊さを知ることによって、なることができると聞かされております。自分の仕事の尊さを、悟りたいものであります。そうすりゃ、こんなつまらない喧嘩なんか怒ることもありますまい。

※この場合、相手がさげすんだ言い方をしていたら腹を立てることもあるかもしれませんが内容をお汲み取りください。

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