ご飯を食べたら茶碗を洗え

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ダルマ(達磨)の跡継ぎである逍州和尚の僧堂へ新参の弟子が来た。その弟子が「私は新参者で何も解りません。どうか指示してください」と尋ねたところが、和尚は、「朝ご飯は済んだかね」と問う。「はい、いただきました」「そうか、ご飯が済んだら茶碗を洗ってきなさい」ーーーこう言われて、その弟子は非常に反省させられた。(無門関)
この弟子は、仏教とは、難しい道理を教えるものと思っていたのでしょう。茶碗を洗うような事は、女でもするつまらぬ事と思っていたのでしょう。しかし、仏法は、毎日毎日の生活の中にあると言うわけです。
私も、仏教の通りを研究し、人にも説いてきました。しかし、つくづくこの頃考えさせられる事は、自分自身の生活をおいて他にはないと言うことです。起きれば、布団をたたみ、道具を使えば、直ちになおし、家の者が悲しむような酒はやめ、競輪や囲碁、麻雀には節度を持ち、正しい生活をすることこそ仏法だと感じさせられることであります。
「夫婦の仲が悪いのです。どうしたらいいでしょう」と尋ねたら「夫婦仲良くしたらいいのです」と言われて悟った人がありますが、仏法は理屈ではありません。すべての行きがかり(因縁)を捨て、理屈(我意)を抜きにして大勇猛心を起こして、正しい生活に飛び込むことこそ仏法です。明日の朝は早速に誰にも彼にも「おはよう」と挨拶をすることです。そこに朝の光が輝きます。道が開けます。ーーー怠け心や、しゃくにさわるといった気持ちが起こったならば、今自分の心に、怠け心、しゃくにさわる心が起きているわいと知って、その心に従わないようにしなさい。そして、その心が収まった時、なんと、心のスガスガしくなることか。ここに、すべての徳が生まれ、不思議な現象が起こってくるものであるーーー。(菩提心論)

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