恐れるもの

恐れるもの

星一つの二等兵とナワ金の少尉が出てくる話ですから、むろん戦時の話です。その二等兵とあうのは、土工あがりのしたたか者で、上官を上官とも思わず、気に入らなければ昼間でも作業をサボり酒を飲んでは喧嘩をぶちまけるといった、わがままものでした。

あの頃の軍隊で、どうしてそういうことが許されたかというと、年功では下士官もかなわないということもありましたが、その頃の軍隊は、要塞作りばかりをしていて、土木工事が仕事だったから、この土工上がりの万年二等兵は貴重な存在で、その方面の経験や技術に腕利きで星は1つでも現場監督であり、中隊長以下ノルマを上げるためには、何はともあれ彼の機嫌をとってご指導を仰がねばならず、彼がつむじを曲げれば、工事はさっぱり進まなかったわけでした。

それに対するのが文学生上がりの青二才少尉ーーー実力の世界から言えば、新平にも劣ると言って良いほどだから、この鬼二等兵から見れば、もののかずでもなかったことでしょう。

ところが、いつとなく鬼二等兵が、この青二才少尉殿の言うことなら、妙に聞き分けるようになったのです。
「鬼二等兵が酒を飲んで手がつけられない」というと現場から至急に伝令が飛んで、この少尉が対面する。そして注意すると、青菜に塩のようになってかしこまる。鬼二等兵を動かすのは、その少尉以外にないということで少尉もみんなから重く見られるようになりましたが、それだけに、少尉の方でも小言とは滅多に言わず、一身上の事まで、よくかばってやったのです。こういう奇妙な組み合わせのおかげで、中隊は円満に、そして他の中隊より、良い成績を上げていったのです。

そのうち終戦となり、星の数は何の意味も持たず、一人ひとりの人間になって軍隊解散の宴会を張った後、少尉は、この不思議な柔順のわけを鬼二等兵に尋ねたところ
「人間は、わがままになりやすいものです。そして何も怖いものがなくなったらおしまいです。何か、怖いものを持っておくべきですよ」
と答えたということです。

題名も筆者も忘れた小説のあらすじですが、考えさせられることです。豊臣秀吉は竹中半兵衛があり、徳川家康に天海僧正あり、松下幸之助に加藤大観あり。一家の主人にも青少年にも、自分でこうと思う怖い人を1人持つということは、どんなに良いことでしょう。
更に、神仏を恐れる人でありたいものです。

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