高屋神社(たかやじんじゃ)

●この記事に共感したらシェアしてください

広告域

高屋神社

この高屋神社は日本の三大怨霊としても知られる崇徳天皇にまつわる神社の一つです。

稲積山の山を登りながら景色を楽しむこともできます。四国曼荼羅霊場の観音寺も同じ場所にあるため一緒に参拝できるのはありがたいことです。

高屋神社(別名血の宮)

高屋神社(別名血の宮)

稲積山

高屋神社は稲積山という山の麓と中腹、山頂それぞれにお社を構える立派な神社です。

この山は稲を積み上げた形に似ていることから稲積山と名付けられたと考えられています。

高屋神社の紋にも稲を三つイメージした巴紋が刻まれています。

登りながら海岸方面を見ると九十九山(つくもやま)が見え、山頂には九十九城跡があります。

この神社に祀られている神様は当初は山頂に鎮座していたのですが慶長年中に中腹へ移され、宝永年中には麓の丘へ、天保年中には再び山頂へと何度もお引越しをされているためお社が三つあるのが特徴です。

別名「血の宮」ともいわれる由来

実は高屋神社は別名「血の宮」ともいわれています。

なぜならこのお宮には崇徳天皇(すとくてんのう)にまつわるあるエピソードがあるからです。

崇徳天皇は後白河天皇との後継者争いに敗れ讃岐に流刑されたお方です。

それがきっかけとなり崇徳天皇は「天皇家を呪ってやる」といって自分の血で写経を書いて京都に贈ったといわれています。

それが関係しているかどうかは定かではありませんが後に後白河天皇の息子が23歳の若さで亡くなり、さらにはその10日後孫の六条天皇が13歳で亡くなるという不可思議な事件が起こりました。

以来、崇徳天皇は菅原道真・平将門と並ぶ日本の三大怨霊の一人といわれています。

その崇徳天皇が亡くなったときのことです。

地元の民がご遺体を火葬するために棺を運んでいたところへ雨が降ってきました。

彼らは石の上に棺をいったん置いて雨宿りをすることにしました。

しばらくすると雨は止み、いざ出発しようと棺を持ち上げると…

なんと置いた石の上に血がついていたのです。

地元の民は崇徳天皇の祟りをたいそう恐れ、崇徳天皇を鎮めるために高屋神社を建立したということです。

感謝の文

読んでくださってありがとうございました。

●この記事に共感したらシェアしてください

●お得な情報や新着情報を随時更新していますのでフォロー試してみてください

PR