四国八十八か所霊場53番札所 円明寺

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円明寺中門

円明寺

円明寺は四国八十八か所霊場の53番札所で真言宗智山派のお寺です。

山号は須賀山 正智院 円明寺(すがざん しょうちいん えんみょうじ)といいます。

世にも珍しい銅板の納め札があったり隠れキリシタンをかくまったりとちょっぴりハイカラな歴史も持つお寺です。

円明寺大師堂の立派な瓦

世界最古の破損のない納札

円明寺には珍しい納札が保存されています。

納札(おさめふだ)とは四国遍路を巡礼したときに願い事や自分の名前を記して残していくもので本来は紙でできているお札のことです。

しかしながらこの円明寺には銅板でできた納札が保存されているのです。

銅板ということもあり、破損のない納札としては現存最古で例のない銅板製といわれています。(慶安3年(1650))

奉納者は樋口平人家次という人物で、京都の五智山蓮華寺の伽藍を再興して五智如来石仏を造立した有名な人物です。

この納札は「遍路」の文字が記されている最古のものもあります。

しかもこれを発見したのがシカゴ大学のスタール博士というアメリカ人なのも驚きです。

彼は大正13年3月に四国遍路をしており、円明寺の本尊の阿弥陀如来像を安置している厨子に打ち付けてあった納札を見つけたのだそうです。

お寺の建立縁起

円明寺は天平勝宝元年に聖武天皇の勅願により建立されました。

これを受けて行基菩薩が本尊の阿弥陀如来像と脇侍の観世音菩薩像、勢至菩薩像を彫造して安置したといわれています。

当時は七堂伽藍を備えた大寺として建立されたそうです。

この頃は和気浜の西山という海岸にあり「海岸山・圓明密寺」という名前でした。

その後一度廃れてしまいますが弘法大師空海が整備し再興します。

しかしながら鎌倉時代に度重なる兵火で衰微してしまいます。

その後、元和年間(1615〜24)に土地の豪族・須賀重久によって場所を移して、寛永13年(1636)京都・御室の覚深法親王からの令旨により仁和寺の直末として再建され、寺号もそのとき円明寺と改められたのでした。

当時のお寺があった場所は現在奥の院になっていて観音堂が建っています。
円明寺のキリシタン灯篭

キリスト教を受け入れた仏教寺院

圓明寺はまた、仏教寺院にもかかわらず聖母マリア像を浮き彫りにしたキリシタン灯籠があることでも知られています。

キリシタン禁制の時代、この地方にはキリスト教信者が多くいたそうで、寺では隠れ信者の礼拝を黙認していたといわれています。
円明寺本堂内のらんまから浮き出た龍の顔

左甚五郎作の龍

本堂内のらんまに彫刻された龍は左甚五郎の作品といわれています。

5mほどの彫り物で行い悪い人が見ると目が光るといういわれがあります。

感謝の文

読んでくださってありがとうございました。

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