みだりに人の師となるべからず

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板書をする教師

みだりに人を師とすべからず→みだりに人の師となるべからず

目標を達成してワンランク上のステージに上がることができたら人から教えを請われることがでてくるかもしれません。

そんななか自分を慕ってくれる人が現れても自分が大きな存在になったと勘違いしてはいけません。

どのような立場になろうとも私たちには学ぶことがあるからです。

智慧と情愛と意志を磨きバランスを取ることを止めてしまうとあなたの常識はどんどん取り残されてしまい自ら自分の人生の首を絞めることになってしまうことでしょう。

子から学ぶこともある

自分も相手も人間だということを忘れ、自分の立場を先生だと思うとつい自惚れてしまうのが人間の性です。

しかしながら私たちはどんなものからも学ぶことができます。

例えば親は、子を教育する立場にありますが子から教えられることがたくさんあることに気づかなければいけません。

オムツの交換や授乳など子どもの頃にはほとんど経験したことがないことから学ぶことはたくさんあります。

子どもたちの社会性を客観視することで自分の人生を顧みることもあるでしょう。

人間が物凄く強い知的探究心をもって生まれてくることもわかるはずです。

無知の知の善悪

「無知の知」を自覚してからどうするかが大事

世界四聖の一人と呼ばれる哲学者ソクラテスは「無知の知」を説きました。

無知の知とは、自分のことを無知だと知っていることを意味しています。

現代の私たちはソクラテスの有名な哲学のおかげで「無知の知」という言葉を学校などで学び認識しています。

そんななか「無知の知」について書かれた「ソクラテスの弁明」という本を読んだことがある人はほとんどいません。※1

実はこの本のなかでソクラテスは「無知の知」を使って多くの知者を愚弄して周り死刑にされてしまうのです。

神の啓示を受けたソクラテスは「無知の知」を理解してしまったばっかりに自分を一番の知者だと信じ込んでしまったのです。※2

どんなに優れた知識を得ようとも謙虚さを忘れてはいけないのです。

皮肉なことにこの教訓が今我々が広く認識している「無知の知」を教えてくれているのです。

(※1ちなみにソクラテスは著述を残しておりませんので、彼の一番弟子でもあるプラトンが残した本「ソクラテスの弁明)は「無知の知」を知るための重要な手がかりといえるでしょう。)

(※2上記表現はソクラテスの悪い部分をかいつまんで書いてありますがソクラテスを愚かな人物だと私は思っていません。ご了承ください。もしよろしければ「ソクラテスの弁明」をお読みください。)

みんな同じ人間

もし自分が知ったかぶりをしてしまっていると感じたらそれをヒヤリハットだと認め改めましょう。

誰一人として同じ経験をしている人はいません。

ソクラテスの弁明に書かれてあるように神だけが本当の智者なのかもしれないと思い、謙虚に学び続けることの大切さを心得ておきましょう。

同じ志を持つ人が現れたことを喜びつつも安易に師匠面するのはやめ、これまで以上に言動に責任を持ちましょう。

感謝の文

読んでくださってありがとうございました。

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