完璧とは

完璧な恋愛をしているカップル

完璧について

何事も完璧というものは状況に応じて変わるものだということを心得ておかなければいけません。
なぜなら「適当」とか「中庸」とかいう言葉があるように物事には超えるべき最低ラインと超えてはいけない一線があるからです―――その適切なポイントこそが完璧だからです。
例えばビジネスにおいて私たち日本人の多くはメイド・イン・ジャパンの誇りを持っていると思います。

完璧を追い求めるメイド・イン・ジャパンの誇り

2014年の3月、日本の自動車メーカー「ホンダ」は北米で販売中の自動車「オデッセイ」をリコールしました。
販売後の社内テストで燃料ポンプカバーの取り付け部分に問題が発見されたのが理由です。
購入者にはまだ誰もこのトラブルを訴えてきた人がいないのにもかかわらず、製品販売後も自社でのテストを止めることなく欠陥に気づいたのでそれを回収して無償で修理するというのです。
リコールをするとそれだけ経費がかかる上に、その間に売れるはずの儲けも逃がすことになるというのに身銭を切ってでも使命をまっとうするというのです。
職人が自らの英知を終結させ高品質の製品を作り上げ、たとえお客様に迷惑がかかっていなくても製品に欠陥が見つかったらすぐさまリコールをするこの姿勢は本当に世界に誇れるものだと思います。
一つや二つ欠陥品が市場に出回っても、それを帳消しにできるほどの満足があればいいと考えている企業も世界にはきっとあるでしょう。それでも世界に誇る日本の一流企業たちはそうはしないのです。
この完璧を追い求める姿勢こそが世界でこれほどまでにメイド・イン・ジャパンが高く評価されている理由の一つだと私は思うのです。
この他にも「ラーメン屋の店主がこだわりぬいて作り上げた逸品」や「生涯をささげて完成させたこだわりの芸術品」など素晴らしい文化が日本にはたくさんあります。
完璧にこだわる姿勢はとても大切です。

「こだわり」の持ち方

しかしながら今でこそ「こだわり」という言葉が良い言葉として扱われていますが、実はこの「こだわる」という言葉は、本来悪い意味で使われていた言葉だといわれています。
「こだわる」とは本来次のような意味です。

  • 心が何かに囚われて自由に考えることができなくなること
  • 気にしなくてもよいようなことを気にすること
  • 他人からの働きかけを拒むこと
  • 物事がとどこおることetc…

このように一つの物事に執着しているような場面で使われる言葉なのです。
一つの物事に囚われると周りがみえなくなるのが人間の常です。
これでは完璧を追い求めていたはずなのに完璧にたどり着けない事態が発生してしまいかねません。

改良を重ね度々バージョンアップされるWindows

パソコンを使ったことがある人なら大抵の人が知っているマイクロソフト社のWindowsというソフトについて考えてみてください。
このソフトは1985年にアメリカで販売されたて以来度重なるバージョンアップが施されてきたことで有名です。
最初のバージョンは1.01でした。
この発売当初のソフトウェアは「Windowsはバグが発生するので殺虫剤と一緒に買うべきだ」と顧客にジョークをいわれるほど欠陥だらけの製品でした。
2014年の3月現在パソコンに導入することのできる最新のバージョンにはWindows8.1というバージョンが使用されています。使ってみると以前のバージョンからは全く想像もできないほど進化していることがわかります。
スクリーンにタッチするだけで操作できたり様々な便利アプリを楽しむことができたりしてより直感的に誰でもパソコンを操作できるようになっているのです。
この進化は、未熟だった1.01というバージョンでも発売したことで大きな反響を得ることができたから実現できたものだといえるでしょう。(現在もWindowsをより完璧なソフトウェアにするためにマイクロソフト社は日々研究開発を行っています。)
もしWindowsが完璧になるまで販売を見送っていたらマイクロソフト社の資金は潰えて、現在のパソコン関連の技術は存在しなかったか違ったものになっていたでしょう。
「完璧にこだわる」ということを見誤ってしまうとビジネスは成り立たなくなってしまうことがあるのです―――完璧でなくなってしまうのです。

完璧な恋愛

これは人間関係、特に恋愛にも当てはまることでしょう。
例えば、付き合う前の段階で相手のことを全て知るのは到底無理なのに完璧を追い求めて理想の結婚相手が現れるまで異性と付き合う機会を見送ってばかりいると婚期はなかなか訪れてくれません。
かといって誰でもいいからと手当り次第ナンパした結果好きでもない人と人生の大半の時間を過ごすというのも完璧とは到底いえません。
また、付き合っている相手から愛されているとおごり高ぶってすべてを掴んだつもりになってしまうと相手の気持ちが見えなくなり愛することができなくなってしまいます。
かといって相手のご機嫌をとることばかり考えて下手に出てつまらない人間にまで成り下がってしまっても相手の気持ちは離れていってしまうでしょう。
完璧というものは道の果てにドシッとあるものではなく常に探し求めていなければ辿り着くことができないものなのです。

完璧という言葉の由来

完璧という言葉の由来をあなたはご存知でしょうか。
完璧のペキの字は、正確には「壁」ではなく「璧」という文字が使用されます。
璧とは、輪の形をした宝玉のことです。
この完璧という言葉は「璧」が深くかかわったある物語が語源になっているのです。
 
昔々、戦国時代の中国に趙という国と秦という国がありました。
ある日、趙の国の持つ「和氏の璧」という宝玉と十五城を交換しないかと大国である秦の国王から趙に申し出がありました。
趙の国からしてみると、国の宝一つと小国に匹敵するほど城を交換するというのは悪い条件ではありませんでした。
ただ敵国のこのような申し出には気がかりなことがありました。
嘘の可能性もあるのです。
もし申し出が嘘で、十五城が明け渡されずみすみす国宝を与えてしまったのではこちらの面子が立ちません。かといってこの申し出をきっぱり断ってしまうと秦に侵攻の口実を与えてしまうのです。
そこで趙の国王は頭のキレるリンショウジョという一人の男を呼び寄せ璧を持たせ秦の国へ遣いにやることにしました。
 
リンショウジョは秦に出向きました。
そして国王のところへ行き璧を差し出し相手の様子をうかがったのです。
すると案の定、城を渡す気配が全く感じらなかったのです。
そこでリンショウジョは、すかさず国王から璧を取り上げんがら趙が不利にならないよう秦の国王を説き伏せ、素晴らしい対応をして璧を持ち帰ったのでした。
かくして二国間の関係性は保たれたまま事なきを得たのでした。
 
このようなリンショウジョの『完璧而帰=璧をまっとうして帰った』おこないから、大事なことを成し遂げることや欠点が全くないさまを完璧というようになったとされています。
 
このことからも完璧になるためには状況ごとに臨機応変な対応が求められることが理解していただけることだと思います。

東洋と西洋の黄金律

人間関係を築くうえで語られる黄金律が2つあります。
まず一つは西洋に伝わる「自分がしてほしいことをまず相手にしてあげること」という教えです。
二つ目は東洋に伝わる「自分がしてほしくないことは相手にもしないこと」という教えです。
両者は微妙にニュアンスが違ったものになっています。
その違いはというと一方は積極的で他方は若干消極的に感じられるところです。後者の心使いは表に出ることはありません。
このようなことから後者は時々消極的故に劣る考えだとされがちです。
しかしながら私は状況に応じて両方を使い分け適切な対処をすることが求められると思います。
どちらも「相手を気遣いなさい」という意味で、一言でいうなれば慈悲や忠恕、愛と表現することができるでしょう。人間関係を築くうえで非常に重要な教えだからです。
常に自他を相互に思いやり続けることで完璧な人間関係に近づくことができるように私は思えるのです。

イチブトゼンブ

もし今あなたの行っていることに結果が伴っていないのなら「これくらいでも大丈夫だろうという欲望」や「まだダメかもしれないという恐怖」がどれほど自分を支配しているのかを見極め、自らの位置を客観的に把握しバランスをとることを心掛けてみてはいかがでしょうか。
完璧は常に追い求めるべきです。しかしながら完璧にこだわりすぎてしまうと余計に完璧を遠ざけてしまうかもしれません。
よりよく生きていくためには世の中の変化に対応していかなければいけないことの方が多いものです。
何事も完璧というものは状況に応じて変わるものだということを心得ておかなければいけないと私は思うのです。
 
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