背反する成功哲学

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パラドックスみっけ

人間界には二つの考え方がある。
 

  1. (1)今どんな状況に置かれていようとも人は変化することができる(どんな人にでも未来を明るいものにする力が備わっている)
  2. (2)人がどのようになるかは生まれながらに決まっている(予め神によって定められた運命を持つので、人は自分で人生を切り開くことはできない)

 
この二つである。
どちらも真理をついているが、この二つは言葉として背反する(パラドックスである)。
 
 

(1)今どんな状況に置かれていようとも人は変化することができる(どんな人にでも未来を明るいものにする力が備わっている)

例えば

  • 持ち時間(仕事に追われているとか余命が少ないとか)
  • 使っている道具
  • 周囲の人
  • 生活態度
  • 食べ物
  • 教育

を変えるだけで人生の流れを変えることができるということである。
この考え方についていえば、生活態度を改めることで成功を勝ち取ることができると信じている人がいるということである。
「ひとかどの人になりたいという思い」や「引き寄せの法則」、「憧れ」というものが強い動機になる。
 
 

(2)人がどのようになるかは生まれながらに決まっている(予め神によって定められた運命を持つので、人は自分で人生を切り開くことはできない)

例えば

  • (2-ア).「どうせオレは怠惰な人間だから成功なんて無理だ」
  • 「神様に選ばれなかったオレは地獄に行く運命なんだ」

 
と感じながら生きている人がいる一方で
 

  • (2-イ).「神に選ばれしオレにしかこの偉業を達成することはできない」
  • 「この人こそが運命の人で、この人を愛し幸せにすることこそがオレの生まれてきた意味である」

 
と感じながら生きている人がいる。
 
 
成功哲学界では、思考回路の前提条件に(2-ア)がある人は成功できないといわれている。
自己達成的予言が働くからである。
しかしながらこのパラダイム(思い込み)は、生活態度を改めることで(2-イ)に転換することができる。
例えば大学に進学して学業の成績を伸ばす生徒は多い。
今まで何のとりえもないと思っていた生徒が思いがけない発見をすることで覚醒するのだろう。
偏差値争いの激しい高校で下位争いに奮闘していた環境から解放され、周囲から高評価をもらうことで自信がつく場合も考えられる。
また、興味のある学科と出会ったり恩師に出会ったりして希望や憧れを抱く場合も考えられる。
すると、ここで(2-ア)から(2-イ)に人生がシフトする瞬間が訪れるのだ。
運命で決まっているにもかかわらず変化することがあるのだ。
定められているはずの運命の違いをも克服してしまう現象がおこってしまうのだ。
(変化することも運命なのかもしれないが、運命というモノが何なのかという疑問が深まる。)
自信は「取り戻す」と表現されることがあるが、このような人たちはそもそも(2-イ)に属していた人たちなのだろうか?
 
 
資本主義において大金持ちになった人々はキリスト教徒のなかでプロテスタントの人が多いといわれている。
彼らは、天国行きの人は生まれながらにして神に選ばれているという考えのもとに生きているそうだ。
そのなかで「私は神に選ばれているのだから禁欲的に生きられるはずだ」と信じているそうだ。
「禁欲的な生活をしていれば天国に行くことができる」と考えているカトリックとは前提が違う。
そこには必要条件と絶対条件の違いが生まれる。
プロテスタントは明らかに禁欲的な生活を送ることに対する姿勢が違うのだという。
ユダヤ教徒も同様の思考が伺える。(ちなみにイスラム教徒や仏教徒に関する文献は読んだことがない。おそらくお金について説いている本が少ないからだろう。)
 
 
 
人生において何かを達成するためには(2-イ)の考え方を持つことが非常に重要である。
完全なる(2-イ)の状態を保ちたいものだ。
しかしながら(2-イ)の状態に陥ってしまっても、(1)を信じ、自分の中にある「永遠」への思いのバランスをとり続け結果をだす人もいる。彼らは歴史に多く名を残しているし、良いものだ。
 
自信は人を強くするが偏った思い込みは人を弱くする
 
運命とは一体何なのか?
私の中に眠っているのはどんな運命なのか…
どんどんわからなくなっているが、開き直ったその先に(2-イ)が待っていることを願う!

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